【第2詣】Mile Mode / 参詣前後

コラム
2015.03.09

そもそもの事々

これから2012年7月からのことを、切々と綴ろうとしている。とても奇妙な感じがするが、そもそもの事々について、とにかく書き連ねないといけない。

「今の日本を、直接見たい」と思っていた。
只、カメラを持って。

たぶんすべてはその想いからはじまったし、親からもらった名前を自分で変えもした。 それが、そもそものはじまり。そして僕は、参(マイル)という名になったのである。

フラっとどこかに行き、そこで「はじめまして」と言う。大抵は年配の人々に言う。まるで利口ではない自分は、立ちくらむような気がする。相手に何を聞いたらいいのかまるで分からなくなる。なんだか対峙している相手がものすごく大きな存在に見えてくる。たぶんどこかで怖いのだろう。

実際、何度もそういう撮影をしているはずなのだが、やはりいつもどこかぎこちないし、無理をしていると思う。だが、そう悪いことばかりでもない。やっているとなにか決定的だと思う時がある。それは閃光のようなもので、かなりの中毒性がある。この仕事を続けていられるのは、自分の人生でそれ以上にのめり込めるものがなかったと云うことだろう。

僕は1979年、写真屋の倅として生まれた。正直に言ってしまって、これまでなに一つ腰を据えてつづけたことがないような、しょうもない人間だった筈だ。只漠然と、いつか映画を撮りたいと思っていた。幼児期から、どこかしらに諦念のようなものがあり、なんというか、時計の針がずっと止まっているような感覚があった。

神山へ。

「飼い殺されて」ると思っていた東京を辞して、僕がここ神山に来たのは2010年冬のことである。アパートを引き払う直前、ベランダで撮ったのがトップに使った写真だ。

親が貯めていてくれた結婚資金を、機材一式を買うことに費やして夜行バスに乗込みやってきた、だれも知り合いもいない山奥の世界は、自分の知っている世界の様相と違い過ぎて、一度死んだのではないかとすら感じたほどである。左様な山村のなかで、暫くじっとしていたり、周囲を見渡したりしていながら、なにかが始まるのを待っていたような気もする。

column_110102_p02

完成前の神山で最初に住んだ家。夏はとても熱く、冬は凍えるように寒かった。

column_110102_p03

農作業用のケースが机代わり。

人も余りいないし、時も穏やか。そこに山があり、川がある。夜にはタヌキやハクビシンらがゴミをあさり、発情期の鹿の鳴き声が谷に谺する。千葉生まれの僕とすればまさに「あの世」のような場所であった。寒さに凍えることも、様々な不便も、おしなべて愉快なものに思えた。鈍っていた腕も、カメラマンとしての目も、少しづつ戻ってきたようにも感じられた。なんてたって、時間はいくらでもあったのだから。

column_110102_p04

“神山のフィクサー”さっちゃん。いつしか自分の祖母のような感覚になった。

この一瞬がなければ、神山に留まることはなかったかもしれない。

ある日、見知らぬ老婆に「はじめまして」と言った。キツい阿波弁の毒舌と矢継ぎ早の煙草、闊達でイキな物腰。なぜかとても引き寄せられた僕はあしげく彼女の下に通い、いつしか目の前の家に住むようになった。(これはどこかでまた書いたりするだろう)。

山の生活はどこまでも静かだった。今でこそ「世界の神山」と喧伝されて、日本中から背広姿の人たちやありとあらゆるメディアが視察や取材に押し掛けるような場所になったが、僕が来た頃は移住者の数も訪問者もまだ少なかった。判然とはしないが、その頃とはなにか決定的なことが大きく変わってしまったと思うし、もはや取り戻せないものもあるように思う。それは空気みたいななにかだろう。(自分の存在もその空気の散逸に一役かったのだろう)。

column_110102_p05

動き出した針

そうこうして一年半ぐらい経ち、僕はパパになった。そしていくつかの偶然が重なって、突然旅に出れることになった。始まりはいつも気怠く、ゆとりもなく、めまぐるしい。

大急ぎで企画書を殴り書き、向かう先のことを調べ、人に会って意見を求め、機材を調達し、何百通ものメールを書いた。4月1日に正式に独立してフリーランスになって、事業スタートが決定したのは5月。そこから7月の最初のロケに行くまでのことは余り覚えていない。

とにもかくにも、僥倖のようにやりたかったことと、従事できることとが重なった。

僕の中の針は、この時はじめて動きだしたのかもしれない。
そして僕は旅にでかけた。(この項了)

(次回から、木頭キャラバンのルポがスタートします)

執筆者

長岡参
長岡参
千葉県出身、2012年から神山町在住の映像作家。長岡活動寫眞を立ち上げる。『産土』『産土 壞』の監督、企画、編集まで担当する。