大雪を越えて

コラム
2015.06.25

2012年8月、山梨県早川町の茂倉集落と稲又集落を中心に取材に回った。その際、現地のコーディネートを担って下さったのが、NPO法人日本上流文化圏研究所(※以下、上流研)の事務局長、鞍打大輔さんだった。

鞍打さんに執筆いただいた以下のコラムでは、早川町が2014年2月に記録的大雪に見舞われた際の詳細な様子と、農山村地域で暮らす厳しさ、そして災害時の強みについて述べられている。また、「田舎暮らし」が注目される時代背景を踏まえたうえで、消費されるだけで終わってはならないという、決意に満ちた文章が綴られている。

※NPO法人日本上流文化圏研究所/早川町で、山の暮らしの価値を伝え、担い手を育て、課題を解決に導くことを主な目的に活動している。HP http://www.joryuken.net/

大雪の時、早川町では

長岡さん(編集部注:監督の長岡参)を早川町にお招きし、「産土」の上映会を開催したのが2013年12月14日。そのちょうど2ヶ月後、2014年2月14日から15日にかけて、山梨県は前例のない大雪に見舞われた。早川町では一晩で150センチ程度の積雪があり、玄関を開けると目前に真っ白な壁が立ちはだかるという状態だったそうだ。

なぜ、「そうだ」というかというと、実は私、ちょうどその日、徳島で仕事があり(15日には、長岡さんにもお会いした)、その日の様子を実際には見ていないからである。SNSなどを通して、友人から伝わってくる早川町の様子に驚き、はやる気持ちを抑えながら岐路についた。しかし、15日は電車が止まっており静岡で足止め。16日の午後、ようやく電車が動き始め、その日の夕方、まだ1メートル以上積もっている雪をかき分け何とか自宅にたどり着いた。

翌朝、出勤し情報収集を進める中で、次第に町の様子がつかめてきた。ほとんどの集落が自動車で行き来できない、いわゆる孤立状態に陥っていた。雪の重みで軒先が壊れたり、ガレージがつぶれていたり、また雪かきができず家から出られないお年寄りのお宅もたくさんあった。ようやく、大変なことになったという実感が沸いてきた。

『産土』でも取り上げていただいた稲又集落は、孤立に加え停電。集落に続く林道は雪崩で除雪も難しい。結局、自衛隊のヘリコプターで全員が避難した。茂倉集落も孤立状態が長く続いたが、自衛隊が手作業で人が通れるほどの道を空けてくれた。我々も、職場に来ることができたスタッフと、お年寄りのお宅を中心に雪かきをしてまわった。保護者、子どもたちと一緒に通学路の雪かきもした。県道が通行可能になった20日からは、町内外からボランティアを募集し、延べ100名を超える方々と24日まで町内各所を雪かきしてまわった。

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いざという時に分かる、農山村地域の持ち味

こうした非常時にこそ、本当の地域の力が問われる。お年寄りがかける雪の量ではない。集落外から助けを呼ぼうにも道は開いていない。孤立した集落では、そこに住む若者だけが頼りなのだ。今回、消防団をはじめ、地域に住む若者の多くが動いたが、雪かきをしながら「最終的には、自分たちの地域は自分たちで守るしかない」という当たり前の事実を改めて痛感させられたはずである。

ただ、長く続く孤立状態の中でも、食料や燃料がなくて困ったという話はほとんど聞かなかった。自分で育てた穀物や野菜も、燃料も十分なストックがある。灯油が無くなっても、薪を使えばいい。農山村の暮らしは、わざわざ防災用品を買い集めたりせずとも、いざという時に対応できるだけの物資や技術が普段から備わっている。それに比べると、便利なものや店に囲まれ、日々の暮らしに対して備えがいらない都会の暮らしは、いざという時のリスクが非常に高いと言わざるを得ない。

茂倉集落では、道を開け救援物資(食料も含む)を運んでくる自衛隊のために、各戸から食材を持ち寄り、炊き出しをしたそうだ。本末転倒な話のようだが、『産土』での雨乞いの儀式と同じく集落の結束力とおもてなしの精神を伺わせる、いかにも茂倉らしい温かいエピソードである。非常時にも関わらずこうした心持ちでいられるのも、備えのある暮らしがあってこそだと思う。

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田舎暮らしは決して生易しいものではない

実は、早川での『産土』上映会の後、映画を見て興味を持った方が近隣の自治体でも上映会を開いてくれた。これは、足下の暮らしに関心が高まり、また価値を見出す人が増えて来てきたことの証拠だろう。長引く不景気(回復傾向にあると言われても、地方ではそれをなかなか実感できない)や、度重なる自然災害を目の当たりにして、本当に豊かな暮らしとは何か、本当に大切にすべきものはなにか、そんなことを考える人が増えてきたのだと思う。

昔に戻ることはできないが、その本質を少しでも受け継ぎながら、自分達が暮らし地域の価値をみつめ直し、磨き上げ、仲間とともに心豊かに暮らしていくことの大切さ、素晴らしさに皆が気づき始めたのであれば、それは『産土』の大きな成果であろう。

一方で、田舎暮らしは、ユートピア的に報道される時も多い。しかし、農山村での生活は、決してそんなに生易しいものではない。自然は残酷である。普段は様々な恵みもたらしてくれるが、ときに人々を痛めつけ、命を奪い、根底から暮らしや人生を破壊する。

人は、涙を流すことしかできない。誰のせいにもできず、諦め、全てを受け入れるしかない。農山村に暮らす人々、特にお年寄りの落ち着いた雰囲気、達観したものの考え方は、目を背けたり、逃げ出したり、忘れてしまいたくなくなるような経験を積み重ねた結果であろう。その辛い経験を自分の心の中でどう処理したかが、その人の風格となって現れているのである。

田舎暮らしが興味・関心の対象となる時代背景は良く分かるが、決して消費されてはいけない。田舎の良い面だけを食いあさるようなことがあってはならない。それを防ぐには、農山村の人たちが持つ暮らしの価値観を顕在化させ、みんなで学んでいくことが大事だと考えている。

昨年末、稲又集落で雑穀を作り続けて来た望月ふみ江さんが亡くなられた。まだまだ聞きたい話、教えてもらいたいことは山ほどあった。こうした後悔を繰り返さないよう、自分自身も、日々、地域の方々と心を通わせ、学び、少しでも自分のものにしながら暮らしていきたい。 (了)

鞍内大輔さんの取材インタビュー記事はこちら

<執筆者プロフィール>
鞍打 大輔(くらうち だいすけ)
特定非営利活動法人日本上流文化圏研究所 事務局長。
1974年生まれ。大阪府出身。早稲田大学理工学部建築学科在籍中から山梨県早川町の「日本上流文化圏研究所」の運営に携わり、大学院修士課程修了後、1999年に早川町にI ターンし同研究所に就職。2012年から事務局長となり、現在に至る。
これまでの主な活動として、住民活動をバックアップする「あなたのやる気応援事業」の企画実施、大学生の受入や早川町をフィールドとした調査研究の奨励、「森の探検隊サマーキャンプ」や「早川こどもクラブ」の企画実施など。
2007 年「地域づくり総務大臣表彰 団体表彰」(総務省)、2009 年「人間力大賞 2009 総務大臣奨励賞」(日本青年会議所)、2011 年「第1回地域再生大賞 特別賞」(共同通信社他) ほか受賞。

NPO法人日本上流文化圏研究所HP http://www.joryuken.net/

執筆者

鞍打大輔
鞍打大輔
1974年生まれ。大阪府出身。早稲田大学理工学部建築学科在籍中から山梨県早川町の「NPO法人日本上流文化圏研究所」の運営に携わる。2012年から事務局長となり、現在に至る。