山伏

インタビュー
2015.06.29

東北を代表する霊峰「出羽三山」は、山形県の日本海側にそびえる月山・羽黒山・湯殿山の総称で、古くから山岳修験の山として知られている。山のそれぞれが、現在・過去・未来を象徴するのだという。

庄内平野の東南部に位置する、山形県鶴岡市羽黒町に、参拝者、修行者のための宿泊施設、宿坊「大聖坊(だいしょうぼう)」がある。

その場所に、羽黒山伏最高位である松聖(まつひじり)の星野文紘(山伏名:尚文)さんは、いる。1971年に「大聖坊」十三代目を継承して以来、多くの人々の先達(先導者)でありつづけている。

星野さんは毎年夏に「大聖坊山伏修行」を開催されている。本来の山伏修行は「女人禁制」の世界であったが、星野さんは「女こそ、山伏たるべし」との考えから、老若男女問わず修行を受け入れており、特に都会からの女性参加者が多いという。

一旦修行に入ると、星野さんはほとんどしゃべらない。しゃべるということを拒絶しているかのようだ。

通常はメディアは入ることを許されないが、今回特別にキャラバン隊の撮影に許可をいただけることとなった。撮影の条件はただ一つ。

——ほかの修行者と同じように修行に参加すること。

すべての修行行程を終えた後、神の世界から人の世界へ帰ってきたような印象の星野さんにインタビューに応じていただいた。
(敬称略)

“Uketamau” by Ben Ruffell

山は死と再生の場所

——星野さんが山伏になって、どのぐらい経つのでしょう。

星野:山伏は24歳のときからだから、42年間ですね。

——どのような経緯で始められたのですか?

星野:ここ羽黒にいる山伏というのは、世襲でつながっているから、うちの先祖からするとわたしがちょうど大聖坊十三代目の山伏。いわゆる、うちの仕事が山伏だということだな。

——家族内での伝統として、受け継ぐことが大事なんですか?

星野:日本の場合はほら、先祖のつながりでそれをしっかり守っていくという、そういうルールみたいなものがあるんじゃない。家業を継ぐという、そういうスタンスかな。

——羽黒という場所について、また「大聖坊」について、どのような特徴がある場所でしょうか。

星野:ここは修験道と言って、神さまと仏さまがいっしょになった、いわゆる聖地というかね。みなが巡礼に来る、お参りに来る、そういうエリアがこの山のエリアだけども。

「大聖坊」は、そこにお参りする人を山に先達(案内)していく、そういう役柄の建物ちゅうかな。山伏というのはお参りする人を先達する、修行する人を先達する、そのために宿坊としてここを拠点にしてやっているということかな。

——山の修行について、どのような意味や内容を持っているのか、また、なぜ日本人にとってあの山が重要なんでしょうか。

星野:日本の考え方からいくと、山というのはまず女の身体を表しているんですね。そしてその身体の中でもやっぱり、赤ちゃんが生まれてくる場所。そういうことを意味している。だから山に入って出てくるということは「生まれる」ということにつながるんだね。

生まれてきた命が、最終的に我々が亡くなるときには、魂も山に収まる。だから山というのは、「死と再生の場所」という考え方が、日本にはしっかり根付いているということだね。

——なぜ修行者は白装束をまとっているのでしょうか。

星野:日本人は最後亡くなってお棺に入るときに、白いスタイルで入るわけ。だから山伏も白装束で死の状態で山に入って行って、山から出て来るときに再生する、生まれ変わる、そういう意味から白い装束で入るという。これは死者の装束です。

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「うけたもう」という精神

——修行の参加者は東京など首都圏から来ている方も多いようですが、なぜこれだけの人たちがこの修行に参加されていると思いますか?

星野:こうして修行に来る人たちは、あえて生まれ変わるという意識というよりも、やっぱり日常生活の中で余裕がない状態で、人間と人間との関係のなかで、目一杯の状態になっているから、そこに心の隙間を求めて来られるんじゃないのかな。

そしてそういう隙間というのは、自然と向き合うことであったり、修行で得られるのじゃないかと、おれは思ってるけどね。

ただ我々が修行させるときに、「あなたなんで来たんですか?」なんていう質問は野暮ですよ。だからこの質問は、修行に来た人へ訊いたらいい質問だね。だいたい「修行になんで来たの?」なんちゅうことは訊いたことないもん、おれ。現に、来てるわけだから。

——修行は、長い間歩いたり、食事はとても少ないなど、身体を痛めつけるようなことも多いと思うんですが、これはどういった意味があるのでしょうか。

星野:この修行というのは「十界行」といってね、十の修行があるんですよ。その一つが「地獄界」といって、地獄を見る苦しみを味わうために「南蛮いぶし(部屋の中で唐辛子や薬草などをいぶし、耐える修行)」っていうことをまずやる。

それから二つ目は、生き物の気持ちになるということだね。「畜生界」といって、生き物のことを畜生というから、生き物の気持ちになるということで、顔も洗わなければ歯も磨かない、爪も切らない、そういうところに身を置かせるということ。

それから三つ目は「餓鬼界」といって、これは断食をする。餓鬼の状態に自らを置くという。食事も少なくして、餓鬼の苦しみをいかに味わうかと。

十の行のうち、今の三つが身体を置く修行だね。

——では「うけたもう」とは、どういった意味を持つ言葉なんですか?

星野:「うけたもう」ちゅうのはねえ、人間の許容範囲を広げていることだね。「なんでも受ける」という。ダメだっていうことじゃなく、まず受けるっていうことで、自分の人間性を広げてる。そういう基本的な言葉だよね。

同じ宗教の中でも、神さまも仏さまも、あるいはシャーマンも、あるいは陰陽道も、そういうものがみんな混ざって修験道になっているから、修験道っていうのは宗教的な世界をみんな受ける、そういう基本的な言葉として「うけたもう」という言葉があって。

それから、日々普通の人が「うけたもう」という精神でいられるということは、人間の許容範囲が広がっていくというとこにもつながるね。すばらしい言葉だ。修験道の圧縮された象徴的な言葉だね。

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大事なのは、身体で感じること。

——長い間修行されてきたと思うんですが、未来についてはどのように思われますか?

星野:物事の先を見る目というのは、「頭で先を見る」というのと「身体で先を見る」と、二通りあると思うんだけど、今の世の中では、身体で先を見る力を身につけることが大事だと思う。頭で先を見るよりも。

大事なのは身体で感じ、身体から入っていって、頭で整理していって先を読むという、そういう手法が今一番大事だと思うんで、こういう山伏修行を実際にやって、それを知恵としてやっていくというが、今求められているものだと思うね。それが修験道の極意だと思うから。

——「山伏の修行は祈ることだ」とおっしゃっていましたが、我々の取材テーマである「森と共に暮らす」ということに対して、どのようにお考えですか?

星野:山伏というのは簡単に言えば、しっかり修行して祈ること。自然の中で修行し、なおかつ篭り行をして祈る、ということなんだよね。

そうしていくと普段の山伏たちは、常に森の中で生活して、そこで生かされながら、身体でも体感していく。森というのは自然の塊みたいなとこだから、そういうところで自然の恵みや森のエネルギーを頂く。そして生活そのものがね、そういうところに身を置いてるっちゅうことは、即祈りへのエネルギーにもなっているんじゃないのかな。

——取材を通して、全国の森の環境が本当にひどくなってきていると感じているのですが、山伏として活動していく上で、森の環境の悪化は影響を受けるものでしょうか。

星野:日本人が本来持っている、山の思想とか森の思想とかそういうものが希薄になってるんだよね。やっぱり今の経済観念が、ものすごく貨幣経済になっているから。カネカネカネカネのね。世界がそういうことになってって。

本当の「豊かさ」っちゅうかな、そういう価値観でいくと、森の中で暮らしていくほうの価値観が素晴らしいわけで、だからそういうこともね、山伏の世界でも発信していかなきゃいけないと思ってるね。(了)

執筆者

長岡参
長岡参
千葉県出身、2012年から神山町在住の映像作家。長岡活動寫眞を立ち上げる。『産土』『産土 壞』の監督、企画、編集まで担当する。